どしゃぶりの雨の中

何を探しに

雨の中

夜になって降り出した雨は、私が床に就こうとする時になって強くなりだした。
その音は部屋の中まで響いてくる。

屋根につたい、窓を流れる音やベランダの手摺に打ち付ける音も。
ザーっという途絶えることのない背景の中に、不規則に響く。


ピチャ、カチャ、コチャ、コチ


何と言っているのか聞き取れない音。

でも、私はそれよりも、いつまでも続きそうな、
それでいて今にも止んでしまいそうな雨音を聞いていた。
突然止んでしまいそうで、少し怖い。
決して、止んで欲しくなかったから。



落ち着く。



不変ではないことは知っていながらも、錯覚させる。
永遠に続く、と。
その感覚が心地好かった。

目をつむり、耳を澄ませば自分は部屋にいないよう。
私は雨の中にいた。


(あの日も、こんな…)





私はどしゃぶりの雨の中にいた。
今からおよそ、半年前のこと。


傘を差していなかった私はびしょ濡れだ。
傘はその右手に握られていたが、開く気にはなれなかった。

意味はないから。
というより、そこにいる意味がなくなってしまうから。



途絶えることなく強く降る雨は、私の頭から手の先をつたって地面に辿り着く。
あるいは、そのまま足をつたい地面へ。


私は何をするでもなく、ただ立ち尽くしていた。
その焦点は定まらない。
雨に曇る、いつもと同じ風景を視界に捉えているだけ。
頭の中は雨音で満たされていた。



心地好い響き。
雨の冷たさも心に沁みる。



私は口を開き、何かを語ろうとするが、声は出て来ない。
でも、十分だった。
声にならなかった言葉は、私には届いていたから。
私から私に。


私は、自分に語りかけられることを素敵なことだと感じている。




さん、」


不意に人の声が耳に届く。
声だけでは判断出来なかった私は、ゆっくりと顔を向ける。


「…不二くん…、」


そこには、私に傘を差し掛ける不二くんが、心配そうな顔で立っていた。


「一体、どうしたの? 傘も差さないで。」


不二くんの最もな問いに、私は小さく微笑んでしまっていた。
彼の顔には、怪訝な表情が追加された。


「大丈夫?」

「あ、うん、ごめん。雨に濡れたいだけだから。」


それだけを告げると、視線を雨に戻す。
もう、私の頭の中から不二くんの存在は消えていた。


「そっか。」


その時は気付かなかったが、実際に彼は少し微笑み、その場を去っていた。
再び一人になった私は、雨を全身で感じている。




数分後。


「この花…、」


突然目の前に差し出された物に目を奪われた。
何の変哲もない雑草の花。
いつも足元で目にするが、見過ごしてしまう花なのに。


雨に濡れた花は力強く綺麗だが、同時にひどく弱々しげに見えた。
私が、「守ってあげなくちゃ。」と思うほど。


さん。」


花を持ってきた不二くんの声が響く。
私は、花を見つめたままだ。


「僕の気持ち、たぶん、今の君の気持ちと一緒なんだ。」


不二くんの言葉はよく分からなかったけど、きっと分かっていた。
無意識に分からない振りをしていたんだ。


「だから、一緒に帰ろう?」


私は何も答えずに花ごと不二くんの手を両手で包んでいた。
冷えきった手では、温めるなんて出来なかったけど。

不二くんの手は温かかった。
堪らず涙を流してしまう。
雨に紛れてそれも分からない。


「大丈夫だよ。」


不二くんのその言葉と共に、雨が私の体に染み込んできた。
今まで体を冷やすだけだったのに温く、ひいては温かくさえ感じられる。
それを実感して初めて顔をあげた。
私の目に不二くんが映る。


先程とは違う、優しげな笑顔。


そこには心配そうな表情など消えてしまっていて、代わりに安心した表情が覗いていた。
私以上にほっとしたようだ。

ゆっくりとした動作で私の手を解き、自由になった片手で私の背中を引き寄せる。
そのまま、不二くんの差す傘の中に入り、不二くんの胸に顔を埋めた。

今の私なんかを抱き締めたら、濡れちゃうのに。

先程包んだ手と同様、不二くんの胸は温かかった。
鼓動を感じる。私とは全く別の。リズムも音も。
すぐそばに、もう一つの存在を感じられるととても安心した。


一人じゃない。


私を引き寄せた不二くんの手は、背中から頭へ動き、雨でびしょ濡れの私の髪を優しく撫でる。
その感触が心地好くて瞳をつぶった。


「僕が、守るから。」


静かな、それでいて私の心に響く声。




どれくらい経っただろう。

二人の体温が同じになった。
私の体温は不二くんに近付き、不二くんの体温は私に近付き。

ふっと顔をあげると、目が合った。


「…ありがとう。」


私は、少し掠れてしまった声で伝えた。
不二くんはふわりと微笑むと、私の耳元でこんなことを囁いた。



「今度はベッドの上で温め合おうか。」




ここまで思い返して、私は布団の中で顔が赤くなった。
もちろん、不二くんの言ったことは実際にはないけど。


全くもう。不二くんのことを考えると、いつも結局は笑顔になってしまう。
こんなとき、不二くんの大きさを実感する。
不二くんは宣言した通り、私を守ってくれているんだ。



私は、明日もまた会う彼の姿を思いながら、眠りへと誘(いざな)われた。

Fin.
2004.9.7

背景素材:Blues* y様

―――――あとがき―――――
SSにするつもりでしたが、いつの間にか長くなっていました。
これは、実際に雨音を聞きながら眠りに就こうとした時に、書き始めたものです。
当初は、もっとシリアスにするつもりだったのですがね。
基本的にハッピーエンドが好きな原谷の意向により、少々緩やかになっています。
本文では恋人になっていますが(伝わりにくい…)、
友達以上恋人未満、又は何の進展もないままで終わるかもしれませんでした。
それでも良かったし、その方が自然だとも思いましたが、
最後の不二さんの言葉を思いついてしまったので(笑)
雨の雰囲気を感じていただければ幸いです。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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