データで先のことは予測できる
だが
データで気持ちは予測できない
朝の通学路は、登校中の生徒で賑わっていた。
この時間ならいつものことだが、今日はいつにも増して騒がしい。
というより、そわそわしていて落ち着きがない。
疑問を感じた乾だったが、今日が何の日かを思い出し、納得した。
バレンタインデーだ。
昨年まで繰り広げられていた部室での騒ぎを懐かしく感じる。
だが、あいつらのことだ。
昨年まで同様、部室に集まって騒ぐ確率100%、とデータから弾き出した乾だった。
まだまだ寒さ厳しい2月。
乾は白い息を吐きながら、学校へと歩を進めた。
「乾くん。」
昇降口で靴を履き替えていると、声を掛けられた。
「ああ、おはよう、。」
「おはよう。」
白い息を吐きながら笑顔で答える少女は、。
クラスメイトであると同時に、乾の恋人でもある。
昨年の晩秋頃からの付き合いで、まだ一つ目の季節さえ共に過ごしていない、ほやほやカップルだ。
そのせいか、どこかぎこちなさの残る二人だった。
「あ、あのね、…今日の放課後、ちょっと時間ある?」
遠慮がちに問うの隠しきれない緊張がうつったようで、乾まで緊張してしまう。
だが、表面上は平静を保ったまま答えることができた。
「ああ。放課後は部室に行くことになると思うから、その前で良ければ。」
乾の返答に、は嬉しそうな笑顔を返してくる。
その笑顔に鼓動が大きくなったのを感じた乾は、思わず視線を外してしまった。
だが、は気にした様子もなく、じゃあ、また後で、と言って足早に一人で教室へと向かって行く。
乾が視線を外すのと同時に、も視線を外していたため、お互いに気付いていなかったのだ。
先程のの言葉に期待を抑えきれない乾は、教室へ向かう自分の足取りが心なしか軽くなっているように感じていた。
乾が教室に入ると、一足早く着いていたが友人のと談笑していた。
二人の手には小さな包みがある。
自分の席に着きながら周りを見渡してみると、ラッピングこそ違うが、同じように小さな包みを幾つも手にした女子生徒が何人もいた。
どうやら、女子同士で交換しているようだ。
そんな女子たちの様子を「気にしていません」という態度で普通に振る舞う男子生徒たちだったが、ほのかに漂ってくる甘い香りに、どうしても教室内はそわそわした空気になった。
少し気もそぞろになりつつ、どこか優しい空気が流れる中、2月14日の授業が終わった。
次々と教室を後にするクラスメイトたち。
乾も帰り支度を終えると、の方へ視線を向けた。
その視線に気付いたらしく、が乾の方を振り向く。
視線が合うと、照れ笑いのようにあの笑顔を返してくれた。
乾も笑顔を返したつもりだったが、実際に緩んだのは眼鏡の奥の目許だけだった。
一方のはというと、乾の無表情笑顔に気付いているのかいないのか、ぱっと机に向き直ると、帰り支度の途中だった自分の鞄の中を探り始めた。
そして、彩りよくラッピングされた包みを大切そうに取り出す。
その包みを手に席を立つと、小走りで乾の下へと向かって来た。
「乾くん。」
椅子に座ったままの乾は、珍しくを見上げる形になる。
「えっと…、」
は包みを両手で持ったまま、発する言葉を探しあぐねているようだ。
そんなの姿を乾は、観察しつつ見つめていた。
伏し目がちに包みを見ながらも、必死に言葉を探している姿は愛らしい。
何か気が利いた言葉をかけて話しやすくしてやりたい乾だが、本人は冷静なつもりでも実は舞い上がっている今の彼に、そんな言葉は浮かんでこなかった。
数秒の沈黙が流れた後、不意に顔を上げたが言葉を発する。
「はい!ハッピーバレンタイン!」
にこっと、いつもと違い少しぎこちない笑顔で告げる。
差し出された包みを両手で受け取りながら、乾は鼓動が速くなるのを感じていた。
「…ありがとう」
乾は包みを受け取ると、そのまま動きを止めてしまった。
包みを見つめたまま動かない乾を心配し、が呼び掛ける。
その声に反応した乾が、ゆっくりと顔を上げた。
そして、を見つめながら言葉を紡ぐ。
「もらえる確率100%と分かっていても、やはり嬉しいものだな。」
思わず零れた乾の笑顔はにも伝わり、いつもの笑顔を覗かせた。
教室内の喧騒に囲まれながら、一瞬だけそこに二人の世界が広がる。
「じゃあ、また明日ね。」
そう言って自分の席へ戻ろうとするを乾が呼び止める。
「。今日、一緒に帰らないか?少し待ってもらうことになるが……」
「!?……うん。」
珍しい乾からの提案に驚いた様子のだったが、照れたように少し俯きながらも了承してくれた。
教室へ迎えに来ることを約束し、乾は男子テニス部の部室へ向かう。
毎年、部員たちのデータを収集して話題提供をしていたが、今年は自分のことが話題になる前に切り上げようと思う乾だった。
Fin.
2012.2.15
背景素材:10minutes+様
─────あとがき─────
乾第2弾&バレンタイン記念夢です。
スパートをかけましたが、結局一日遅れ…。すみません!
でも、それなりに納得のいく作品となりました。
中学生はやっぱり、ぎこちない初々しさが良きところ!
そんなコンセプトの下、描いてみた次第であります。
後、いくらデータで先のことが予測できる乾でも、その時の気持ちが予測通りとはいかないんじゃないかなぁ、ということも描きたかったのです。
なんか、この二人で続きを書いてみたくなってきた…(笑)『データ確率98%』とか。
皆様は大切な方に気持ちを伝えられたでしょうか。
ぬくもり溢れる一日となったことを祈って……
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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