春にだって

少し冷たい風が吹いたりする

花冷え

冷たい雨が数日間続いていた。
今日は久しぶりの太陽が顔を出す。

青い空が両手を伸ばしているかのように、広々と広がっていた。
それを邪魔する雲なんて一つもない。

空気は冷たいのに、柔らかい陽光が眩しいくらいに降り注いでいる。
寒くて暖かい。
なんだか不思議な感覚だ。

屋上に出ると、強い風が吹き抜けた。


「さっむ…」


4月に入り、すっかり暖かくなった空気に慣れていたため、予想外の冷たい風には思わず呟いた。
両腕を軽くさすりながら、自分で自分を温める。

ふと左に目を移すと、この冷たい空気の中、
コンクリートが剥き出しのままの屋上に寝転がっている人物がいる。

あれは…


「越前くん?」


自分に問いかけるような小さな声で、はその人物の名を口にした。
案の定、リョーマには届いていない。


特にこれといった目的もなく屋上に来たは、どうしようか悩んだ。
彼とは特別親しいわけではない。
けれど、今この時、はリョーマにどうしても話しかけたくなった。
冷たい空気の中、一人きりで寝転んでいる彼に。
リョーマが今、何を考えているのか知りたい。


は恐る恐るリョーマに近付く。
相変わらず風は、遮る物のない屋上を吹き抜けている。

なびく髪を片手で押さえながら、は声をかけた。


「越前くん。」


聞こえていないのか、リョーマは閉じた瞼を動かそうともしない。
今度はしゃがみ込んで、さっきよりも近くから声をかけるが、それでも反応がない。

諦めようと立ち上がりかけた時。


「何か用?」


声が聞こえた。

さっきまで見つめていた方に目を向けると、しっかりと開かれた瞳とぶつかった。
数秒前まで寝ていた瞳とは思えない、はっきりとした視線だった。


「…あ、起きてたの?」

「まあ、寝てたわけじゃないけど、起きてたわけでもない。」

「そうなんだ…」

「で、俺に何か用なの?」


寝転んだ体勢はそのままに、リョーマはに問いかける。
しかしは、一度白紙に戻した頭から、なかなか言葉が生み出せなかった。
そんなを急かすでもなく、厭うでもなく、リョーマは静かに見ていた。

そのおかげか、は漸く言葉を紡ぐ。


「えっと…越前くんは、いつからここにいたの?」


最初に出てきた言葉は、ありきたりなものだった。
でも、今はこれでいい気がする。


「さあ? 1時間くらい前からじゃない?」


下らない質問にちゃんと答えてくれたことが嬉しくて、少し心の中が温かくなる。
このままだと、質問攻めにしてしまいそうだ。


「背中とか痛くないの?」

「あー、そういや痛いかも。」


答えながらリョーマは体を起こし、軽く伸びをする。
まるで、うたた寝をしていた猫が目の前にいるようである。
そのままから視線を外し、正面を向いている瞳は少しボーっとしている。
はそんなリョーマから少し離れて座った。

同じように正面を向くと、青い空が広がっていた。
下にはグラウンドがあるはずだが、座った状態では見えない。
また、強い風が吹き抜ける。

首を竦めたに、リョーマが声をかけた。


「別に急ぐことないと思うけど?」


突然の言葉に、は思わずリョーマの顔を見た。
正面を向いたままの彼の瞳は、相変わらず少しボーっとしている。
それでも、投げやりな言葉に聞こえないのは何故だろう。

は黙ったまま、リョーマの横顔を少しの間、見つめた。
正面に顔を戻し、小さな声で呟く。


「…ありがとう。」


またも聞こえていないのか、リョーマの返事はない。


彼の口元に浮かぶ小さな笑みを、少し冷たい風だけが知っていた。

Fin.
2010.4.6

背景素材:NOION

─────あとがき─────
新作復帰第一作となります。
全くと言って良い程、甘くありませんが、一応「夢小説」です。
少し距離があるのだけれど、心の中で密かに想っている、という2人になりました。
リョマもヒロインも、心の中にある気持ちには気付いていません。
でも、何となく気になるし、知らず知らずの内に少し心を開いている。
日常生活の中でこのような出来事はほとんどないと思いますが、だからこその夢かな、と。
たまたま同じ空間にいる幸せを感じていただけたら嬉しいです。
風が吹いていることを強調していますが、調べたところによると「花冷え」と風は特に関係ありません。
「春一番」と迷いましたが春の「寒さ」に重点を置きたかったので、このタイトルになりました。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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