私は大切なものを失くした
けれど
大切なものが私に温もりをくれる

ハニー×honey×シュガー

「お待たせ、

温かく優しげな笑みが冬の寒さを一瞬忘れさせる。
白い息だし、鼻の頭は冷たいし、耳当てに手袋にマフラーに防寒具ばっちりだし、身体だって少し震えているけれど。
心の中に陽だまりが生まれたのは確か。

「待ち合わせ5分前、今日もばっちりだね」
「本当はもっと早く着くはずだったんだけど、転んだ女の子を助けたらその子が迷子で」
「親御さん探ししてたんだ?」
「そう」
「ふふ、秀一郎らしいね」

そうかなぁ、と照れたように秀一郎が笑う。
私は彼の笑顔が好き。
陽だまりが生まれるから。
彼がつくる陽だまりは私の心を融かしていく。

「それじゃあ行こうか」
「うん」

差し出された手を手袋越しに握る。
彼も手袋をはめていたから、お互いの体温は伝わらない。
冬はそこが少しもどかしい。

「どうした?」
「ううん、何でもない。楽しみだね、イルミネーション」
「だな」

手袋越しの大きな手は力強くて優しくて、私の手をしっかりと握っていて。
離されることはないと安心させてくれる。
彼にまだ告げていない、私の手から離れていってしまったもの。
辛すぎて言えなかった。
心配をかけたくなくて言えなかった。

「さてと。、どこか見たいところある?」
「え?あー、特に考えてなかった……」
「なら、ちょっと俺の行きたいところに付き合ってもらっていいかな」
「うん。どこ?」
「アートアクアリウム」
「って、CMでやってたやつ?」
「そ。冬だから寒い感じするけど、期間が年内までだからさ」
「いいよ。私も気になってたんだよね」



***



「うわぁ、すごいね」
「そうだな。やっぱり実物は違うなぁ」

少し暗めの照明の下、壁一面に広がる水槽の中で金魚たちが悠々と泳いでいる。
色とりどりの照明や背景に彩られて綺麗だけれど、ふと、泳いでいる金魚たちの気分はどうなんだろうと思ってしまった。
何の影響もないといいな。
だって、秀一郎が悲しむだろうから。
そんなことを思いながら、隣の彼を見上げた。
今、手袋を外した私たちの手は繋がれている。
そこから感じる熱は、彼が確かに生きていることを伝えてくれる。
私が少し力を込めると、同じくらいの力で握り返す。
緩めると、同じように緩める。
また力を込めると、彼もまた力を込める。

「はは、どうしたの、
「え?」
「さっきから、力入れたり緩めたりの繰り返し」

私の中では理由があってやっていることだったけれど、そんなことが秀一郎にわかるはずはなかったことに今更ながら気付く。

「疲れちゃった?」

それでも、秀一郎は柔らかな笑みを浮かべながら問い掛けてくれる。
怪訝な表情を浮かべられても仕方ないのに、秀一郎は微笑んでくれる。
甘くて甘くてちょっと恥ずかしいけれど嬉しい。
彼がくれる陽だまりは暖かいだけじゃなくて、蜂蜜みたいな自然な甘さがある。
秀一郎は全然気付いていないみたいだけれど。

「ううん、大丈夫」
「そう?」
「うん。何となくこうしてみたくなっただけ」
「ならいいけど、疲れたら遠慮なく言いなよ」

秀一郎の言葉に笑顔を返して頷く。
私はこんな彼に何かを返せているのだろうか。
彼がくれる陽だまりのような、大切なものを。
最近失くしてしまった存在を不意に思い出して自分の無力さを再び感じた。
普通に生活して普通に笑っているけれど、本当は未だに受け入れられていない、納得できていない、立ち直れていない。
まだ悲しみに浸れていないから。
底まで落ちてしまえていないから。
感じないよう、心に蓋をしてしまったから。
駄目になるくらい悲しみを感じることよりも日常生活を優先してしまった。
だからこそ、秀一郎にさえ話せていない。
彼に話すとき、私はきっと心に蓋をし続けることができないだろう。

「ほら、見なよ。この色合い、が好きそうじゃないか?」

秀一郎が指し示した方へ視線を向けると、確かに私の好きな色が使われた一角があった。

「本当だ、綺麗……」

瞳に映る煌めきを綺麗だと感じられることが嬉しい。
けれど、心のどこかで小さな暗闇が私を引っ張る。
これでいいの?本当にいいの?って。

「秀一郎」

水槽を見詰めながら、繋いだ手を少し強く握った。

「何だい?」

彼は同じように握り返して、私の方を向く。
きっと今も柔らかな笑みを浮かべているはずだ。

「あのね……実は家の猫がこの前……亡くなって」

涙声にも震えた声にもならなかった。
ただただ、次の言葉が紡げないだけ。
秀一郎に聞いてほしい気持ちがあったわけじゃないから。
辛い、哀しい、苦しい、そんな気持ちはまだ感じていない。
哀しくないわけはないと思うのだけれど、哀しい気持ちを感じられない自分に疑念を持ったりもする。
本当に哀しいと思っていないんじゃないか、って。
薄情な人間だったのかもしれない。
そんな怖いことを考えたりもするけれど、いつもなら間違えないようなことを間違えたりするから、全然堪えていないことはないと思う。
けれど、言葉にしたい程の想いにはなっていない。

「そうか……ん家の猫って元太だっけ」
「うん。覚悟はしてたんだけど、」
「辛いよな。俺も生き物飼ってるからわかるよ」

声から、秀一郎もまた水槽を向いたことがわかる。
彼が飼っているのは、ここにいるような魚たちだ。
そんな場所で話してしまったことを後悔した。

「ごめんね、こんなところで」
「え?なんで?」
「だって、秀一郎が飼ってるのはお魚なのに……」
「ああー、もう、そんなこと気にするなよ。今、辛いのはだろ」

感じた温もりに秀一郎の方を向くと、案の定彼の手が私の頭を撫でていた。
繋いだ手はそのまま。
頭を撫でる手が力強くて、彼の表情を窺い知ることはできない。
ただ黙って、ゆっくりとした一定のリズムで撫でてくれる。

「俺はさ、元太のことをあまり知らないし、一緒に哀しみを共有することも慰めの言葉も掛けられないけど、が辛いときはいつでもこうするから」

秀一郎の言葉が嬉しくて嬉しくて。
それでも涙は出なくて。
きっと秀一郎が想像しているような辛さも今は感じていないけれど、そんなことは関係なくて。
彼の温もりや思い遣りに安心して気持ちが溢れて涙を流してしまう展開は定石だし、そうなってもいいなぁと思っていたのにならなくて。
本当にもうなんて面倒くさい奴なんだと自分で自分に呆れてしまうのだけれど。

「……ふふ、ありがとう秀一郎」

応えて顔を上げようとすると今度はすんなりと秀一郎と目が合った。
頭を撫でていた手はただ頭に乗せられたまま。
彼の表情は私が無理して空元気なんじゃないかと心配している。
哀しみを感じられない時点でそうなのかもしれないけれど、空元気だったっていい。
だって、今の私にとって感じていない哀しみよりもリアルなのはこの手の温もり。
あの子への想いはその時が来るまで心の真ん中の温かく柔らかいところに置いておこう。
小さくてもきらきらと煌めく箱。
その時が来るときには、中に詰まった想いが哀しみではなくなっているかもしれない。
それならそれでいい。
その時が来て箱の蓋を開けるとき、溢れてくる想いがどんなものだったとしても、私はきっと愛しく感じるだろう。

「頼りにしてるよ」
「任せとけ」

私の隣には秀一郎がいて、いつでも温もりをくれるから。
心に広がる陽だまりはあの子にも温もりをくれるはずだから。

Fin.
2015.1.11

背景素材:Crambon*

―――――あとがき―――――
これこそ、完全なる自己満足作品ですね。
猫にゃんという大切な存在をなくしてしまった自分を大石に癒してもらおうという魂胆です。
夢を書くつもりは全くなかったのですが、仕事へ向かう電車の中、ふと気付けば考えているのは猫にゃんのことで。駄目だなぁ、と漠然と思っていると不意に温かいイメージが脳内に広がって。何だろう?とその正体を掴もうとすれば、それは大石の笑顔だった。
そんな夢うつつの小さなことがきっかけで書き始めたお話です。
それにしても、何故に私はここまで大石のことをまるで癒しの神の如くに崇拝しているのでしょうか……。
おそらく、彼のいろんなことを考えていそうで、実はそこまで考えていない微妙な能天気さが好いのだと思います。
大石なら、なんだかんだ結局許してくれそうだし、大抵のことは。
本当はもっと甘々に甘やかしてもらう予定でしたが、ちょっと無理でした。
とにかく優しいもので包まれたい。そんな想いを込めた題名です。
ペットの種類と名前を出すかは迷ったのですが、そのままにさせていただきました。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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