白い息と灰白色の空
風は冷たいけれど 心はなんだか温かい

帰り道

「秀一郎くん。ほら、息が白いよ」

との学校からの帰り道。
試験前で部活は休み。
久々に一緒に帰ることができて、も嬉しそうだ。

「本当だ。まだ寒いってことだね」

そう答えた大石の息も白い。
灰白色の空からの降雪はないが、歩道が少し濡れている。
朝の霙が乾ききっていないようだ。

「そういえば、が越してきたのもこんな時季だったな」
「うん。寒かったよね」

とは、彼女が小学校入学前に大石宅の近所に引っ越してきて以来の付き合い。
いわゆる、幼馴染だ。

「テニス部の方はどう?」
「相変わらずだよ。まあ、3年生が引退した直後よりは落ち着いてきたかな」

昨年の秋に3年生が引退し、副部長に任命された大石は忙しくなった。
普段の練習に加え、様々な管理業務が増えたからだ。
練習がオフの日も何かしらの用事があり、と一緒の下校が難しくなっていた。

「手塚くんが部長だもんね。それに加えて、秀一郎くんが副部長だし」
「手塚の統率力は流石だけど、俺はまだまだだよ」
「そうやって謙遜するところも秀一郎くんの好いところっ!」
……照れるだろ」

頬を赤らめて顔を逸らす大石に、は楽しそうな笑顔を向けていた。
背の低いは、少し幼く見える。
身体が大きくなり始めた大石と並んで歩くと、兄妹のように見られることもあった。
幼い頃から見守ってきたせいか、大石もどこかでを妹のように思っている。
けれど、それだけではないこともはっきりと自覚していた。
何しろ、こうして頬を赤らめてしまう回数は、より大石の方が多いのだから。

「時間が早いから、小学生はいないねぇ」

通学路にある公園脇を通りながら、が言った。
の頭越しに覗いた大石も頷く。

「あ、そうだ!ちょっとブランコ乗っていこうよ」
「えっ、おい、っ」

大石の返答を待たずにが方向転換して駆け出す。
大石も早足で追いかける。
ブランコに着いたは早速乗ろうとしたが、鞄の処置に窮している様子だ。
斜め掛け鞄を掛けたままでは、バランスが取りにくい。

、俺が持っとくよ」
「ありが……それじゃ駄目。秀一郎くんも一緒に乗るんだから。ほら、こっちこっち」

は隣りのブランコを指し示している。
乗るつもりはなかった大石だが、固辞する理由もない。
仕方ないなという笑みを浮かべ、ブランコに近付いた。

自分を妹のように見守る大石をは嫌がらない。
それはきっと、妹として見ているわけではないと知っているからだろう。
に恋している大石が確かにいる。
それを大石と、二人ともが認識していた。

「あ、座ったら濡れるぞ」
「大丈夫!立ち漕ぎするから」
「全く。は元気だな」
「お褒めに与り光栄です」

恭しくお辞儀をすると、はブランコに足を掛けた。
鞄は掛けたまま。大石には預けず、掛けたまま慎重に漕ぐことにしたようだ。
その様子を隣りで見守っていた大石も、ブランコに乗ることにした。
空いているブランコに鞄を置く。

「秀一郎くん」
「ん?」
「鞄、濡れちゃうよ?」
「このくらいなら大丈夫だ。スポーツバッグだからな」

ブランコの細い板の上で、大石の鞄は絶妙なバランスを保っている。
柱が繋がっていないおかげで、が漕ぐブランコの振動は伝わらない。

「すごいバランスだね……」
「そうかい?」

大石は何でもないことのように答え、ブランコを漕ぎ出した。
大石のブランコが描く弧は、どんどん大きくなっていく。
風になびく前髪が力強い漕ぎを表していた。
予想外に心地好い。

は変わらず慎重な漕ぎ方だ。
鞄を掛けているせいもあるが、制服を着ているからという理由もある。
無論、制服はスカートだ。

「久々に遊ぶとブランコも楽しいな!」
「ふふっ、私より秀一郎くんの方が楽しんでる」
「あ……つい、ははっ」

照れ笑いを浮かべる大石が、ブランコのスピードを緩め始めた。
それに倣って、も漕ぐ力を弱める。
動いたからか、2人が吐く息の白さが増していた。

「満足したか?」
「うん。秀一郎くんと久しぶりに遊べて楽しかった!」
「それなら良かった。そろそろ帰るか」

公園を出て、帰りの途に戻る。
こうして並んで歩いていると、日々の喧騒が遠いことのように感じられる。

「……
「ん?」
「4月からはまた忙しくなると思うんだ、たぶん、これまで以上に」
「うん」
「だから、なかなか一緒に帰れなくなる、ごめんな」

大石は申し訳なさそうに俯いた。
そんな大石の言葉を聴いていたが徐に足を止める。

「秀一郎くん」

いつもより少しゆっくりと、静かに紡がれた大石の名。
の高めの声が落ち着いた声に聞こえるから不思議だ。
大石も足を止め、と向かい合う。

?」

は大石を真っ直ぐ見つめている。
その表情は真剣そのもの。
大石がその眼差しを受け止めると、が柔らかく微笑んだ。
一歩を踏み出し、大石の胸にそっと頬を寄せる。

「どっどうした?」
「私、秀一郎くんがどんな人か、これでもわかってるつもりだよ。どれだけテニスに一生懸命かも」
「うん……」
「私はそんな秀一郎くんが好きなんだから……それは忘れないで」
「ああ、わかったよ。忘れない」
「うん、ありがとう」

大石の胸からゆっくり離れると、は顔を上げた。

「なら、大丈夫!今年こそ全国制覇してね、黄金ペアで!」
「ああ、観ていてくれ!」

大石もも笑顔で頷く。
にかっと明るい笑顔。
会える時間も話せる時間も今より短くなってしまうけれど、それは寂しいことじゃない。
2人が選んだ道だから。
お互いの気持ちを胸に忘れなければ、迷うことはない。
進んでいける。

ゆっくりと伸ばされた大石の右手がの左手を包んだ。
突然のスキンシップにが一瞬驚く。
大石が優しい笑みを向けると、安心したように手を握り返してきた。
そのまま、体を反転して帰り道を歩き出す。
先程までよりも、ゆっくりとした速さで。

Fin.
2013.2.22

背景素材:Crambon*

―――――あとがき―――――
何年ぶりかも覚えていない大石短編夢です。
最初の数行だけは数年前に書き出していた熟成夢でもあります(え)
あれだけ寝かせておいて、こんな短さかよ!というツッコミが、どこからともなく聞こえてくる……(笑)
最初から長いお話にする予定はなかったので十分満足なのですが、それにしても短いよね……。
大石夢は何故か尽く(と言っても2作品)暗いお話になるので、ただただ幸せなお話を書きたかったのです。
話が暗いと言うより、ヒロインが悩んでいて暗かった……。
ということで、明るいヒロインを登用しよう!と決意して書き出した次第であります。
「一つ年下の幼馴染」という設定をしていたり、いなかったり。
まあ、別に同い年でもいいかなぁとも思ったので、あえて明記しておりません。
なんとな〜く、ヒロインの幼い雰囲気が伝わっていれば幸いです。
無邪気に楽しむヒロインが描きたかったのだ!だからブランコ(笑)
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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