君へ届け  この香り

甘い香りを  いつも私に

金木犀

10月も半ば。
私は、思いがけず出くわした自分のちょっとしたミスに、人知れず溜め息を漏らした。

いつもの登校時間とは異なるため、周りに人はほとんどいない。
息を吐き、その反動で息を吸い込んだ。

(金木犀だ…)

どこからともなく、甘い香りが漂ってきていた。


溜め息を吐いたことで気付いた、ほのかな香り。


それだけで、小さなミスも前向きに捉えることができた。文字通り、「何でもないさ」と。



私は、幼い頃から金木犀が好きだった。

確かな記憶があるのは小学校低学年の頃だけれど、幼稚園の頃からかもしれない。
秋になると、あのオレンジ色の花の木に惹かれていた。

花はとても小さくて、近くで見ると全然鮮やかでなかった。
そして、形とは不似合いな、鮮やかな橙と強い香り。
あんな小さな花で、何であんなに人を引き付ける術を手にしているのか。
そのことが不思議で、魅力でもあった。

そして、この花が私を救ってくれるのはこの時季だけ。
私は、心のどこかで金木犀のような人を求めていたのかもしれない。





翌日の学校。


金木犀は、どんどん仲間を目覚めさせているようだ。
校舎の中まで香りが漂っている。

教室に入ると、珍しい人物が椅子に座っていた。


「…不二くん?」


扉を開け、思わず立ち止まってしまった私は、声を出して漸く動くことができた。

だけど、返事はない。
なぜなら、彼は寝ているから。
机に突っ伏していて、手と髪しか見えなかった。


不二くんがこうして寝ていることも不思議だけど、彼がこの教室にいることも不思議だった。
だって、ここは3組。不二くんは6組。
間違えるにしても、どれだけおっちょこちょいなのか。



まだ朝早く、教室には私と不二くんの2人だけ。
他の教室も似たようなものだろう。

これが他の誰かなら、そのまま何もせず自分の席に着いていたと思う。
だけど、不二くんだったから。


不思議な彼。


ちゃんと話したことは少ないけど、興味があった。
好意からくる興味。好き、とまではいかないけど。




自分の机に荷物を置き、不二くんが座っている机に近付いた。
立ったまま声をかける。


「不二くん。」


反応はない。
今度は肩に手をかけて声をかける。


「不二くん。」

「…ん、」


不二くんは軽く身動ぎをし、ゆっくり顔を上げた。


「あれ…、さん?」

「え、うん。」


まさか、名前を覚えてるとは思わなかったから驚いた。
でも、すぐに納得した。

だって、不二くんだから。


「ねぇ、何で3組で寝てるの?」


軽く伸びをしてから答える不二くん。


「うん。ここが一番、居心地良かったんだ。色々と。」

「そうなんだ。どんな風に?」

「誰もいなかったし、…香りでいっぱいだったから。」

「あ、」


「「…金木犀の、」」


「え?」


見事にハモってしまった。
不二くんは私以上に驚いた様子で、疑問の声を上げている。

新たな金木犀の香りが届くくらいの短い間、私達はお互いの顔を見合っていた。



すると、不二くんが気付いたように話し出す。


「あ、さんも金木犀、好きなんだ?」


「金木犀」でハモった事実から、この結論に至ったみたい。
思っていた通り、鋭い人だな、そう思った。


「うん。毎年、この時季が待ち遠しいくらい。」


不二くんから視線を外し、彼の向こうにある窓を見た。
その先には金木犀が植わっている。
花も葉も、この階からは見えないけれど、香りは確実に届いている。

私の視線を見て、不二くんも顔を窓へと向けた。


「そっか。僕は今年、突然なんだ。」

「突然?」

「そう。何が違うのかは分からないけど、朝早く来てゆっくり味わいたいと思うくらい。」

「それで、さっき…、」


小さな確信を確かめるため、窓から不二くんへと視線を戻す。
声の動きで私の様子を察したらしい不二くんは、こちらを見上げた。


「うん。気付いたら寝ちゃってた。」


はは、と爽やかな笑い声と共に、また金木犀の香りがした。
微かな予感が私を掠める。


「不二くんでもそんなことあるんだ。」

「意外?」

「うん。いつも、しっかりしてそうだもん。」

「まあ、しっかりしてる方かもしれないけど。たまにはね。」


そう言って不二くんは、また小さく笑った。

その笑顔を見ていると、救われていく気がした。
この感覚は、金木犀ととてもよく似ている。


「ねえ、不二くん。」

「ん?」

「…ううん。何でもない。」


私は、笑顔で言いかけた言葉を飲み込んだ。



まだ、勇気がない。確信もない。でも。
今は言えないけど、必ず伝えるから。

この金木犀が散ってしまう前に。

Fin.
2004.10.17

背景素材:

―――――あとがき―――――
突発的に書き出した話でございます。テーマは言わずもがな、「金木犀」
諸々頁の詩を読んでいただければ分かると思いますが、原谷は金木犀が好きです。
あの、甘い香り、鮮やかでPOPなオレンジ色、深い緑の葉、小さな小さな花。
特にあの香りが好きですが、オレンジと深緑のコントラストも心惹かれます。
けっこうどこにでもある、ありきたりな木ですが(目隠しの代わりに使用されてたり)
金木犀も好きですが、今求めているのは銀木犀だったりします(笑)
白い花で、金木犀よりも香りは弱いそうですが、とても出会ってみたい木です。
こちらは、どこにでもあるというものではなく…。なかなか見つかりません。
内容についてですが。自己満足作品です(断言したよ、この人) はぁ〜、満足(笑)
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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