君へ届いた  この香り

甘い香りを  君と一緒に

金木犀 -2-

あれから、朝の教室での他愛ない会話が日課のようになっていた。
いつも不二くんが先に来ていて、誰もいない教室の窓際の席に座っている。
窓の方へ顔を向けて。

その空間を壊すのが忍びなくて、私はなかなか教室に入れない。
けれど、不二くんはそんな私の気配にすぐに気付いて、声をかけてくれる。


さん、おはよう。今日も早いね。」


その言葉で、一歩を踏み出す勇気がわく。


「おはよう。」


私も笑顔で挨拶を返しながら教室へ入り、自分の席へと向かう。

開け放たれた窓から風が吹き込み、その風に乗って金木犀の甘い香りが届いてきた。
その香りにつられて窓の方を見ると、不二くんと目が合った。
見られていたのだと思うと、俄かに頬が熱くなる気がした。

笑顔の不二くんにぎこちない笑顔を返しながら、自分の席につく。
その間、少しずつ鼓動が速くなるのを感じていた。


「金木犀って、けっこう長く咲いてるんだね。」

「うん、去年は遅く来た台風のせいで早く散っちゃったけど、今年は天気がいいから。
 って言っても、私もどのくらいの間咲いてるかは、よく分からないんだけどね。」


速度をあげた鼓動を隠し、出来るだけ平静を装って答えた。
鋭い不二くんには気付かれちゃったかもしれないけれど。


「そうなんだ。去年は気にしてなかったから、知らなかったな。」


不二くんはそう言いながら、窓の方へと顔を戻した。
少し冷たい風が、さわさわと彼の髪を揺らしている。
その姿に見惚れていると、また金木犀の甘い香りが教室内に広がった。


さんもこっちに来なよ。風が気持ちいいよ。」


急に振り返った不二くんに誘われ、突然のことに動揺して思わず頷いてしまった。
彼の傍でいつも通りに振る舞えるか不安だったけれど、頷いた手前、行かないわけにもいかない。

椅子から立ち上がって、不二くんが座っている席の斜め前の椅子に座った。



今の私にはこれが精一杯。
そして、たぶんこれが私たちの今の距離。



椅子に腰を下ろした私を見て、不二くんが微笑みながら言った。


「ちょっと冷たいけど、気持ちいいでしょ?」


不二くんの言うとおり、少し冷たい風だったけど、それが気持ちよかった。
気が引き締まる感じがする。
息を吸うと、あの甘い香りが体の中に広がっていく。


「本当だね。金木犀の香りもするし、気持ちいい……」


自然と頬が緩んだ私を、不二くんはいつもと変わらない微笑みで見ていた。
また鼓動が速くなるのを感じて、少し俯いてしまう。
その間にも金木犀の香りは絶えず届いていて、少しずつ私の心を落ち着かせてくれた。

ゆっくりと顔をあげると、不二くんは窓の方を見ていた。
教室に入るのを躊躇った、あの時と同じように。




不二くんのさわさわと揺れる髪を見つめていると、心がゆったり柔らかくなっていく気がした。
初めてこの教室で会った時の感情が強くなっていく。
この空間を壊すのはやっぱり忍びなかったけど、伝えずにはいられなくなってしまって。


「不二くんって……、金木犀みたいな人だね。」


出来るだけこの空間を壊さないよう、静かに声にした。
不二くんは一拍置いて、ゆっくりとこちらを振り返った。
そして、少し困ったような笑顔で問いかけてきた。


「僕って、金木犀みたいなんだ?」

「うん。金木犀みたいに……なんだか優しい気持ちにしてくれる人。」


こんなことを言うのは少し気恥ずかしかったけれど、今しか伝えられないと思った。
予想していたような動揺はなく、落ち着いた気持ちで話せたことがちょっと不思議だった。
けれど、ちゃんと伝えられたことの方が、私には大切なことだから。
自然と笑みが零れる。

そんな私に不二くんは、あの柔らかい微笑みを返してくれた。


「ありがとう。そんな風に言われるとちょっと照れるけど、嬉しいな。」


あんまり照れてなさそうな顔で言う不二くんに、少し笑ってしまった。
それが、とても不二くんらしくて。


「でもね、」


続ける不二くんの言葉を待つ。


「僕にとっては、さんが金木犀みたいな人だよ。」


不二くんの思いがけない言葉に、咄嗟に声が出なかった。
ただ、どくん、と一度だけ、大きく鳴った鼓動を感じた。


「突然、僕の前に現れて、そのまま居座っちゃった。心の中に。」


言い終わった不二くんは、微笑みを少し深くした。
いつもなら、顔が赤くなって俯いてしまうところだけれど、
控えめに、けれど確かに届く金木犀の香りが、私の背筋を伸ばしてくれている。
不二くんの視線をちゃんと受け止められる。


新たに届いたその香りに不二くんも気付いたらしく、少しだけ窓の方へ意識を向けたようだった。
お互いに言葉もなく、ただ風に乗ってやってくる甘い香りに包まれている。
静かで、どこか優しい時間。


「金木犀ってさ、縁結びの木なのかな?」


不意に響いたのは、不二くんの声だった。
少し笑いながら問いかける不二くんに、私は曖昧な笑みで答えることしかできなかった。


「─────そうだといいな。」


不二くんは小さく呟きながら、窓の外に目を向ける。
そこからは、金木犀の甘い香りが絶え間なく届いていた。

Fin.
2011.10.9

背景素材:NEO HIMEISM

─────あとがき─────
随分前に書いた不二さん夢『金木犀』の続編というか、おまけです。
プロットを書いてから執筆しようと試みて、見事に玉砕しました(笑)
結局、思いつくままに書いてしまった気がします…。実に私らしい。
でも、最後の方のシーンはプロット通り!と思いましたが、無理矢理ねじ込んだ感が否めませんねぇ。
前編(?)の『金木犀』を書いた時の雰囲気が、なかなか思い出せなくて苦労しました。
文章のタッチが違ってしまっているような…。まあ、仕方ない。
一人称の小説は難しいですねー。どうしても妙な説明口調になってしまう。
そして、金木犀の香りの描写を多々盛り込んでしまってすみません!
うざいくらい入れてしまってすみません……。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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