ゆらゆら ゆれる水面
すいすい 泳ぐ魚たち
水の中は どんなに気持ちいいんだろう
今日はよく晴れて、気温も過ごしやすく、絶好のお出掛け日和である。
青春台の駅前に一人立っている少女は、先程から時計を気にしている。
時刻は10時、3分前。
待ち合わせの時間には、まだなっていない。
しかし、いつも先に来ている人物が来ていないと、落ち着かないものである。
「大丈夫かな、大石くん。」
そう呟いたこの少女の名は、 。
青春学園中等部の3年生であり、美術部所属だ。
大石というのは、青春学園の誇る男子テニス部で副部長を務め、選手としては菊丸とともに黄金コンビとして注目されている人物である。
何故、この2人が駅前で待ち合わせをしているかというと、約3日前に遡る。
その日、同じ日直であった2人は放課後の教室で日誌を書いていた。
他のクラスメイトは部活、塾、帰宅など、各々の次の生活の場へと行ってしまい、教室には大石との2人だけだった。
黙々と作業を続けていたが、ふと大石が口を開く。
「あ、。」
「何?」
「次の絵のモチーフは決まったのか?」
「ううん、まだ。何となく描きたいものはあるんだけど…。」
「まとまらないって感じか。」
「そう。どうしてかなぁー。」
ペンを走らせていたは手を止め、背もたれに凭れるように顔を上げ、一息つく。
早くも美術に頭の中は切り替わっているようだ。
そんなを大石は微笑ましく見ていたが、突然、が話し出す。
「あ! ねえ、大石くん。水族館行こうよ。」
「え?」
思いがけない提案に、大石は驚きの声を上げる。
先程の話からの繋がりが、瞬時に認識できなかった。
しかし、が大石の顔を笑顔で見つめたまま数秒待つと、急に理解したようである。
「ああ、そういうことか! うん、行こう!」
10時。
爽やかな気候に似合う、爽やかな声が聞こえてくる。
「おはよう、!
ごめん。待たせちゃったかな。」
「ううん。10時ぴったり。すごいね、大石くん。」
「本当は、30分前に着くように出たんだけど、途中で海堂に会ったり、いろいろあってね。大変だったんだ。」
「海堂くんに会ったの?」
「ああ。何か大変そうだったんで声をかけたら、捕まっちゃってさ。
本当…、大変だったよ…。」
大石の声が沈んで行き、はそれ以上、話を聞くことができなかった。
何があったかは、また別の話で語られることになる。
気を取り直して、魚たちを観に、駅へと向かう。
青春台駅から、数駅のところに、水族館がある。
大きくはないが、小学校の遠足には持ってこいの規模である。
「中学生2枚下さい。」
大石が代表して券を買い、中へ入る。
そこには、紺碧の世界が広がっていた。
「この水族館は、昔から好きで、よく来ていたんだ。」
「そうなんだぁ。」
大石は、静かな口調で、の思考を遮らない程度の会話を続けていく。
の頭の中は、紺碧の世界へと吸い込まれていた。
深い水の色の中を泳いでいく魚たち。
煌びやかな色をした魚もいる。
大きくゆったりと泳いでいる魚もいれば、忙しなく泳いでいる魚もいる。
心が解放されたような、浮遊感がある。
「、あの魚を見てみなよ。
可愛いね。」
の中で、何かが弾けた。
湧き出たと言ってもいい。
「大石くん、今、いい考えが浮かんだよ。」
唐突にが呟く。
その言葉を聞いた大石は、嬉しそうな笑みを浮かべ、こう言った。
「よかったね、。」
「ありがとう、大石くん。」
は、大石の顔をそっと見て、お礼を言った。
その顔は、少し涙が流れそうだった。
行き詰まっていた自分。
解放してくれた大石。
それを見守っていたのは、紺碧の中を泳ぐ魚たちだった。
帰りの電車の中、は大石に言う。
「大石くん、私、描くよ。
今なら、描けそうな気がする。」
その言葉を嬉しそうに聞く大石。
紺碧は、に何を訴えかけたのだろう。
わからないが、が嬉しければ、大石も嬉しい。
それで、十分だろう。
Fin.
2007.12.11
背景素材:
─────あとがき─────
久々の新作です。
しかし、何故に大石なのかはわかりません。
やはり、青学の母だからでしょうか(笑)
紺碧の世界を感じていただけたら、幸いです。
行き詰まった時、皆さんはどうやって気分転換するのでしょうか。
ではでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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