君との距離は 小さくて小さくて大きな半歩
どうしても越えられないその半歩を今こそ越えよう
特別な日の勇気で

semi-interval

「海堂くん」

海堂が朝練を終えて教室へ向かっていると、後ろから呼び止める声がした。
その声に鼓動が速まったのは、恐らく気のせいじゃない。
海堂の教室はもう目の前。早歩きをしていなくて良かったと思う海堂だった。
立ち止まり、一呼吸置いて振り返る。

「おはよう」
「ああ、はよ……」

笑顔で朝の挨拶を投げかけてくるのは、だ。
昨年同じクラスだった元クラスメイト。
そして、海堂とお付き合いを始めて一ヶ月ちょっとという、出来たてほやほやの彼女でもある。

「あの……、朝練?」
「あ、ああ」
「お疲れ様」
「ああ」

寡黙な海堂に、大人しい
付き合い始めて日が浅いこともあり、二人の会話はたどたどしく、いつも静かだった。

「……あのね!」

いつもより少し強い語気とが顔を上げた気配に、海堂も正面を向く。
と目が合った。

「今日……、一緒に帰れる?」

は少し早口に言った。海堂と目を合わせたままで。
声が少し震えている。
しかし、海堂はそんなことに気付く余裕がない。
海堂は海堂で、自分の感情制御に手一杯だった。
動揺していても、そんなことを表に出すわけにはいかない。
自分のプライドが許さない。
あくまで平静を保っていると見せなければ。
そう力を入れている姿は、周囲にはを睨みつけているように映っていた。
当のはというと、ただひたすらに海堂の返事を待っている。

「……ああ。練習の後で良ければ……」
「本当!終わるまで待ってる」

海堂の言葉に、は嬉しそうな笑顔でそう答えた。
から一緒に下校しようと誘われ、嬉しくないわけがない。
しかし、日頃からそのような感情表現が苦手なため、うまく伝えられない。
何より、……照れくさい。

「……用はそれだけか?」
「うん!また、後でね」

話を終えると、は自分の教室へと帰って行く。
その後ろ姿を見送り、海堂も自分の教室へと向かう。
その短い時間、海堂は自分に駄目出しをしていた。

素っ気ない態度を取ってしまったと思う。
想いを正直に伝えきれない自分に腹が立つが、どうしようもない。
今はバンダナを巻いていない頭を無意識にがしがしと掻いていた。

扉の前で大きな溜め息を一つ吐き、自分の教室へ足を踏み入れる。
胸中で小さな決意をしながら。



***



放課後。
海堂はテニス部での練習に打ち込んでいた。
来週辺りから試験前の部活動短縮期間に入るため、手を抜けない。

「よし!休憩5分!水分補給しっかりしろよー!」

副部長・大石の号令で短い休憩時間に入った。
海堂は水分補給をしながら、が今どうしているのか気になった。

恐らく、図書室にいるのだろう。
付き合い始めて間もないが、が図書室好きであることは知っていた。
昨年に引き続き、今年も図書委員をしているらしい。

海堂は、そっと図書室の方へ顔を向けた。
開け放たれた窓の向こうにいるだろうの姿を思い描く。

「集合!」

休憩の間に竜崎顧問と共にコートへ戻ってきた部長・手塚が号令をかける。
海堂は頭を切り替え、コートへと急ぐ。
陽が傾き始めていた。



***



「お先に失礼します」

海堂は手早く帰り支度を終え、足早に部室を出ようとする。
そんな彼を乾が呼び止めた。

「ああ、海堂」
「何すか?」
「誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」
「乾汁いるか?」
「え、遠慮しときます!」

これは、部員の誕生日の度に繰り返される光景だった。
乾汁を開発してからというもの、事ある毎に乾汁を勧めてくる。
この乾のプレゼントを喜ぶのは不二くらいのものだろう。
だが、残念ながら、不二の誕生日はまだまだ先のことだった。
断られるのを見越していたらしい乾は、別段気にした様子もなく話を続ける。

「そうか。新作に期待していてくれ」
「し、新作すか!?」

思わず大きくなった海堂の言葉に、部員たちがどよめき始めた。
そんな中、桃城が代表して質問をする。

「い、乾先輩……新作ってマジっすか?」
「まだ試作段階だがな」

桃城の方を振り向いた乾が淡々と答える。 海堂からは見えなかったが、乾の眼鏡は逆光で輝いていたに違いない。
続いて、菊丸、不二、河村、越前……と、次々にその話題に参加する面々が増えていく。
そんな彼らを後目に、海堂は静かに扉を開けて出て行った。
が待っている校門へと急ぐ。



***



コートの横を通り過ぎ、昇降口から校門へと真っ直ぐ続く道に出た。
門の方へ向き直る。
日暮れで温度の下がり始めた風が海堂の頬を撫でた。
この時季の朝晩は、まだ少し肌寒い。

歩き始めた海堂の目に、門の傍らに立つの姿が入ってきた。
夕闇に対抗して、オレンジ色の光がまだ残っている。
その光のおかげで、距離があってもの表情を読み取ることができた。
海堂には気付いていないようで、空を眺めている。
どことなく硬い表情なのが気になる。
しかし、を気にかける海堂の表情もまた硬いのを本人は知らない。
知らず知らずの内に足が速度を上げる。

向かってくる海堂に気付いたが微笑んだ。
瞬間、光の煌きが増した。
眩しさに目を細める。
の硬い表情は一瞬にして消えた。
海堂の表情は硬いままだったが、いつも通りと言ってしまえばそれまで。

「待たせたな」
「ううん。部活お疲れ様」
「ああ。……帰るか」
「うん!」

海堂が一歩早く、足を踏み出した。
続いて、も歩き出す。


***


半歩程の距離を保ったまま、帰り道を行く。
二人にとって、その半歩は小さくて大きな距離だった。
精一杯の距離。
だけど、もどかしい距離。
お互いに縮めることが出来ないまま、この一ヶ月を過ごしている。

「あの!」

の声で、海堂は足を止める。
気付けば沈黙したまま、帰途の半分程まで来ていた。
これでは、あの時の決意と裏腹だ。
海堂は自分の意気地の無さに、深く息を吐いた。
には気取られないように注意しながら。

「あの、海堂くん?」

がもう一度呼びかける。
心配そうな声音に、海堂は内心慌てた。

「何だ?」

急いで応えたが、その口調は普段通り。
感情が面に出ない方ではないのに、自分でも不思議だった。

「そこの公園にちょっと寄って行かない?時間があればでいいんだけど……」

が指し示す方に目を遣ると、ロードワークの時に通り抜ける公園があった。
ブランコやベンチがあり、大きくはないが小さくもない公園だ。

「……行くぞ」

に声をかけ、公園へと歩き出す。
背の高い木々には、青葉が茂っていた。
まだ、数人の子どもたちが遊具で遊んでいる。

「海堂くん、ここ座ろ?」
「ああ」

振り返ると、がベンチを示している。
少し戻って、海堂が座る。
は20cm程の距離を開けて腰を下ろした。
ここにも、踏み込めない半歩がある。

遊具で遊ぶ子どもたちを何気なく眺めていると、何やら隣りから鞄を探る音がした。
隣りを確かめると、が自分の鞄の中を探っている。
今度はその姿を眺める。
二人の頬を夕方の風が撫でた。

「はい。お誕生日おめでとう」

包みを手渡される。
が鞄から取り出したのは、海堂への誕生日プレゼントだった。

「ああ、サンキュ……」

予想はしていたものの、いざこうなると海堂は緊張してしまう。
心拍数が上がるのを感じ、何とか静めようと深い息を吐く。

から渡された包みは、大きさの割りに重くない。
綺麗にラッピングされ、『Dear 海堂くん』と書かれたカードがリボンで括り付けられていた。
嬉しさが込み上げてきて破顔しそうになるが、つい力を入れてしまう。
そこには、いつもと同じ仏頂面の海堂がいた。
少し俯いて地面を見ているは、そんな海堂に気付いていない。

沈黙が数秒間続き、が海堂を見た。
動きのない海堂が気になったのか、心配そうな顔つきだ。

その時の海堂はと言うと―――困っていた。
プレゼントは、今開けるべきか否か。
自分がいつもどうしているのか、思い出せない。
表情はいつも通りなのに、心の中は慌てふためいていた。

「海堂くん」

返事も動きもない海堂に、がもう一度呼びかける。
その声で我に返った海堂は、一瞬、肩を震わせた。

「大丈夫?何かあった?」

いつもと少し違う海堂の様子に、は心配を隠せない。
海堂はに心配させてしまったことが申し訳なく、慌てて答える。

「いや、何でもない、大丈夫だ」

しかし、咄嗟に出た言葉がまたもや素っ気ない。
俺のバカヤロー!という叫びが、海堂の頭の中に響き渡った。
海堂はの心配を払拭するような気の利いた言葉で答えたかった。
心配そうな、不安そうな顔。
そんな顔をにさせたくなかった。
出来ることなら、一瞬で、一言で、笑顔にさせたかった。
今に限らず、常々そう思っている。
だが、自分には難しいことも海堂は理解している。
だから、せめて、自分のへの気持ちだけはちゃんと伝えようと、あの時――教室の扉の前で決意した。

は、それならいいけど……と言いながら、視線を正面へと戻した。
しかし、その顔はまだ憂いを残していた。
そんなを見ていた海堂は、自分を叱咤激励する。
ここでやらなきゃ、海堂薫じゃない。
今こそ、あの決意を実行する時だ。
大きな深呼吸をひとつすると、海堂はを見た。

正面を向いているの横顔。
その前髪を揺らして風が通り過ぎていく。
海堂の右手が、そっとの左手に重ねられた。
その感触に驚いたが、肩をびくっと小さく震わせた。
海堂は反射的に振り返ると予想していたが、は固まってしまったようで動かない。
そのことで海堂は、気持ちが少し楽になったのを感じた。
一杯一杯でどぎまぎしているのは、自分だけじゃない。
そう感じられたからかもしれない。



手を重ねたまま、海堂が呼びかける。
その声音は優しい。

「な、何?」

は海堂の方を振り返らずに答える。
ゆっくりと、海堂も正面を向いた。
遊んでいた子どもたちが手を振り合い、それぞれの家へと帰って行く。
夏至に向かって長くなりつつある陽も、完全に姿を消そうとしていた。

「今日は誘ってくれて……嬉しかった」

低い声で静かに紡がれたのは、気持ち。
飾らない素直な気持ち。
海堂が表情に出すのを苦手とする気持ち。
その気持ちには、正面を向いたまま、はにかんだ笑顔で応えた。
その様子を目の端で捉えた海堂は、心が温かくなるのを感じた。
しかし、それ以上に顔が熱い。
気持ちを伝えると、これ程までに平静を保つことが難しいとは。
それでも、後悔はしていない。
いつも伝えきれない気持ちをに伝えたくて、伝えた。
それだけのことなのに、は笑ってくれた。
そのことが無性に嬉しく、海堂の口元も知らず内に綻ぶ。
その微かな表情の変化にはまだ気付けない。

けれど、二人は今日、半歩を踏み出した。
小さくて、小さくて、大きな半歩。
いつか、そんな微かな変化にも気付けるようになるまで、半歩ずつ近付いていく。
それは遠くて近い未来の話。

Fin.
2012.9.17
(最終稿:2013.4.19)

背景素材:ひまわりの小部屋

―――――あとがき―――――
薫ちゃん、お誕生日おめでとう〜〜〜!!!
本当は昨年のお誕生日用に書いていたのですが、ご覧の通り、完成したのが9月……。
5月の生誕夢を9月にアップする程の開き直りができなかったので、翌年に持ち越すことにしました。
寝かせている間、思い出したようにちょこちょこ手直しをしたり。
話のテンポがあまり良くないのが気になる……。でも、うまく修正できませんでした。
とりあえず、小さくて大きな『半歩』という距離を感じていただければ幸いです。
タイトルも悩みました。
まんま『半歩』でも良かったのですが、漢字だと可愛らしさがないかなぁと。
かと言って、『半歩』を一語で表せる英単語も見当たらなくて。
いろいろ調べて悩んだ挙句、接頭語の「semi」と間隔・距離という意味の「interval」をくっつけました。
距離と一口に言っても、いくつも単語があって悩みましたねー。微妙に意味や使い方が違うらしいし。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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