そこには  あらゆるものが詰まっている

君の探し物も  見つかるだろう

図書室

夕日に染まる図書室。

そこには静かであっても、温かな時間が存在していた。
閉室時間間際であるため、生徒はほとんどおらず、司書教諭も司書室にとどまっている。


はそんな空間で椅子に座り、目の前の机の上には読みさしのページを開けた本を乗せたまま、
窓の外をぼんやり眺めていた。
机の配置により、真正面に窓がある。と同時に扉には完全に背を向ける状態だ。
これなら、人が入ってきても気にならない。


何かに落ち込んでいるわけではなかったが、無性に癒しを求めていた。
それは、寝る事でも音楽を聴く事でも良かったが、が選んだのは「読書」であった。


違う世界への逃避がいとも容易く出来てしまう方法。


「癒し」とは、ずれているのは承知していた。
だが、「癒し」にはどうすればいいのか、何が必要なのか分からないのだから仕方ない。




の大して深くもない思考を止めたのは、意外にも扉を開ける音だった。
つい、気になって振り向いてみる。

そこに立っていたのは、大石。


「あ、さん。」


見ている者を和ませる笑顔を見せながら、近付いてくる。


「大石くん。珍しいね。」


は少々不思議な気持ちになりながらも、いつも通りの言葉を返す。


「うん。ちょっと探し物をしてて。」

「そうなんだ。どんな本?」


一人で癒しの世界にいたかったはずなのに、会話を繋げていた。
尋ねなければ自然に会話は終わったのに。


「一つは魚の飼い方の本なんだ。新刊が入ったって聞いたから。」

「そっか。大石くん、家で飼ってるんだよね。」

「ああ。だから、日々勉強しなくちゃって。」


大石は少し笑いながら言った。
そんな彼を見ながら、は再び不思議な気持ちを感じた。
さっきよりも強く感じたその気持ちは、どこか温かく、硬くなった心を解そうとしている。
自分の気持ちでありながら、不思議だった。

更に不思議なのは、その原因が睡眠でも音楽でも読書でもなく、大石だったこと。
は、この意味を知りたいと思った。


も少し笑いながら答える。


「勉強熱心なんだ。じゃあ、もう一つはテニス関係の本?」

「うん。でも、もう一つ探し物はあるんだ。」

「へぇ。何?」

「それは…、その前に魚とテニスの本探してくるよ。」


そう告げると大石は、書架の方へ行こうとする。
は離れ難く思い、思わず声を掛ける。


「あ、大石くん。」

「ん?」

「一緒に探してもいい?」

「その本はいいの?」

「うん。あんまり集中できないし。」

「そっか。うん、いいよ。」


は席を立ち、大石と共に書架へ向かった。


少し前を歩く背中は思っていたより大きく、学ランの下に隠れている筋肉の存在を示唆していた。
その存在を意識すると、どきどきすると同時に安心もできた。




二人は目当ての書架へ着き、本を探す。
魚の飼い方の新刊は新刊棚にあったが、大石はその類いの本を何冊か借りることにしたのだ。
は、本を手にしては開き、大石に意見を求める。


「あ、これなんかどう?」

「うーん。もう少し詳細が載ってる方がいいかな。」

「そっかぁ。うーん…、」



パラパラ



室内に響くのは二人の立てる音だけ。

そんな空間で、は横にいる大石をそっと見てみた。
すると、大石はを見、微笑んだ。



優しい笑み。



は頭の片隅で「流石、青学の母。」と思いながらも、どきどきしていた。
穏やかな感情と激しい感情が渦巻いている。

きっと、大石のせいだ、と考えた。



そして、大石に尋ねる。


「ねえ、三つ目の探し物は何なの?」


笑顔のままの大石は、こう言ってのけた。


「ああ、それは一番に見つかったから。」

「?」

「俺、さんを探してたんだよ。」



ああ、癒されるはずだ、とは思った。
探し求めていた二人が出会えたのだから。



と大石は、お互いの顔を見て、小さく笑った。
相手の顔が赤くなっていくのを見ながら、自分の顔も赤くなっていくのを2人ともが感じていた。




そこへ、扉を開ける音が響く。


ガラッ


「大石ー。」


大石のダブルスパートナー、菊丸であった。
図書室へ行ったきり、戻ってこない大石を探しに来たらしい。

待たせていることをすっかり忘れていた大石は、慌てて声を掛ける。


「英二。ここだ。」


声を聞きつけた菊丸が、書架の通路から顔を見せた。


「大石ー、いつまで待たせるんだよ。」


不機嫌そうな表情で顔を覗かせた菊丸は、大石の隣りにいるに気付くと、
急に瞳を輝かせて笑顔を向ける。
それはそれは、嬉しいことがあったかのように。


「大石! とうとう告白したんだ! おめでとうー!!」

「え、英二っ!」

「前から、ちゃんのこと好きだって言ってたもんねー。
 さっさと告白しちゃえって言ってんのに、なかなか言わないし。みんな見守ってたんだよ?
 乾が『大石の告白が上手くいく確率100%。ただし、大石が勇気を出した場合。』
 って言ってるくらいなのに。
 でも、良かったー。やっぱり乾のデータに間違いはないね!」

「英二……、」


色々と暴露している菊丸に、大石は言葉も出ないようだ。
そんな2人のやり取りを見ていたは、笑いながら菊丸に言った。


「英二くん。喜んでるとこ悪いんだけど、私、まだ告白されてないんだ。」


のこの一言に、菊丸は大きな目を更に大きくして驚いている。
そして、大石は一人、頭を抱えるしかなかった。


「ええ!? そうなの? うわ、俺…、あー…、大石。」

「え?」

「…頑張れ。じゃあ、俺はこれで! また明日なー!」

「おいっ、英二!!」


大石の肩に手を置き、心ばかりのエールを送ると、菊丸は図書室を出て行った。
エールが「頑張れ」一言だというのも、菊丸らしい。


取り残された2人は、対照的だった。
はどこか余裕を持ち、笑顔だが、大石はに背を向けたまま俯いている。

そんな大石には、また小さく笑いながら、前に回り顔を覗き込む。


「ねぇ、大石くん。」

「え、あ、何、かな?」


突然のの行動にドギマギしながらも、笑顔で答える大石。
この、大石の度々見せる不思議な笑顔は、天性のものなんだろうな、とは思った。



本当に不思議な笑顔だ。

気分が沈んでいる時には癒しとなり、平生は穏やかな気持ちにさせ、
元気のある時には更に元気になれる。

そして、いつでもをどきどきさせる。

は、この笑顔のそばにいたいと思った。
いつか、この笑顔の主を同じような気持ちに、出来るようになりたいと思った。




「私、乾くんのデータって、すごく当てになると思うよ。」

「え…、」


ここまで言われてしまえば、大石とて男。勇気を出さないわけにはいかない。
心を決め、伝える。


ずっと長い間、温めていた気持ちを表に出すのは、容易なことではない。
その時間が長い程、その気持ちが深い程、臆病になってしまう。

だが、何人もの気持ちに後押しされ、大石はその心を伝えた。





さん。俺は、君が好きです。ずっと、前から…。」





神妙な面持ちで伝え出した大石は、言い終えると、あの笑顔になった。

見つめられ、気持ちを伝えられたは、心拍数の上昇を感じた。
何を言われるか分かっていても、止められなかった。



「好き」という気持ちはこれ程までに大きなものなのかと、改めて気付かされた。




「ありがとう。私も、好き…。」



2人は笑顔になり、笑い合った。
幸せな幸せな笑み。



は、今日、好きだと気付いたことは、まだ秘密にしておこう、と思った。





もうすぐ、一日を終えようとする図書室。

夕陽が差し込むそこには、あなたの癒しがあるかもしれない。

あるいは、後からやってくるのかもしれない。

あなたを探して。

Fin.
2004.9.5

背景素材:10minutes+

―――――あとがき―――――
初大石でした。「癒し」を求めましたが、如何でしたでしょうか?
図書室で思いがけず癒されるなら誰やろ? と思い、浮かんだのが大石でした。
本当はもっと男らしく(?)、さっさと自分から告白するはずだったのですが、
あまりに短くなってしまうので(苦笑)
長くしようとするあまり、少し情けなくなってしまいました。
彼は、いざという時は頼れる人です。あそこまで躊躇しません。
今回は、執筆者の勝手な都合により、あのようなキャラになりました。ご了承下さい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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